
「うちは財産が多くないから、相続で揉めることはないと思う。」
実際に、そうお話される方は少なくありません。しかし、相続の現場では、必ずしも“資産家”だけがトラブルになるわけではありません。
むしろ、相続財産が比較的少ないご家庭でも、実家を誰が相続するのか、介護を誰が担っていたのか、生前贈与はあったのか、親と同居していた子はどう考えるのか、といった“感情”が絡み、家族関係が大きく崩れてしまうケースがあります。相続は、単なる「お金の問題」ではありません。これまで積み重ねてきた家族関係や想いが表面化しやすい場面でもあります。
そこで重要になるのが「遺言書」です。
近年は、高齢化や認知症リスク、再婚家庭の増加、不動産価格の上昇などにより、相続問題はさらに複雑化しています。特に都市部では、「預金は少ないが自宅不動産の価値が高い」というケースも増えており、“現金で平等に分けられない相続”が増えています。
この記事では、遺言書とは何か、どんな人に必要なのか、遺言書がないとどうなるのか、3種類の遺言書の違い、実際の書き方や作成手順、無効になりやすい失敗例、生命保険との組み合わせ方などについて、初心者の方にもわかりやすく丁寧に解説していきます。
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そもそも遺言書とは?なぜ今必要性が高まっているのか
遺言書とは、亡くなった後に「自分の財産を誰にどのように引き継いでもらうか」を法的に示すための文書です。
たとえば、「長男に実家を相続させたい」「配偶者に多く残したい」「介護をしてくれた子に感謝を形にしたい」「事業を継ぐ子に株式を集中させたい」といった希望を、法的効力を持つ形で残すことができます。逆に言えば、遺言書がない場合、相続は民法上の「法定相続」に基づいて進めることになります。
もちろん、法定相続自体が悪いわけではありません。ただし、現実には「法律通りにきれいに分けられない財産」が多く存在します。
代表例が不動産です。
たとえば、自宅しか大きな財産がない場合、「家を半分に分ける」ということは現実的には難しくなります。すると、誰が住み続けるのか、売却するのか、代わりに現金を払うのか、共有名義にするのかなどの調整が必要になります。
しかし、ここで問題になるのが“感情”です。
「親の介護をしていたのは自分なのに」「長男だけ援助を受けていた」「親と疎遠だったのに同じ割合なのか」など、金額だけでは整理できない問題が出てきます。実際、家庭裁判所の司法統計でも、遺産分割事件は毎年多く発生しています。
また、相続トラブルは“資産家だけ”の問題ではありません。相続トラブルは“お金持ちだけの問題”と思われがちですが、司法統計では遺産分割事件の多くが相続財産5,000万円以下のケースとなっています。
参照元:司法統計年報 | 裁判所
つまり、「財産が少ないから大丈夫」ではなく、“一般的な家庭だからこそ事前準備が重要”とも言えるのです。

遺言書がないことで実際に起きやすいトラブル事例
相続トラブルというと、ドラマのような資産家同士の争いを想像される方も多いかもしれません。しかし、実際にはごく一般的な家庭でも多く発生しています。
特に多いのが、“不動産”と“感情”が絡むケースです。たとえば、相続財産が「実家」と「少しの預金」だけだったケースがあります。
長男は親と同居し、長年介護も担っていました。一方、次男は県外に住んでおり、介護にはほとんど関わっていませんでした。親としては、「長男にそのまま住み続けてほしい」という想いがありましたが、遺言書は作成していませんでした。
すると相続発生後、次男から、「実家も相続財産だから、自分の取り分を現金で払ってほしい」という話になりました。しかし、長男には十分な現金がありません。
結果として、実家を売却するのか、借金して代償金を払うのか、共有名義にするのかで揉め、最終的に家庭裁判所での調停に発展してしまいました。
もし、「実家は長男へ相続させる」という遺言書があり、さらに「長年介護を支えてくれた感謝として自宅を相続してほしい」という付言事項が残されていれば、状況は大きく違った可能性があります。
また、生前贈与が原因で揉めるケースもあります。
長女は結婚時に住宅資金として1,000万円の援助を受けていました。しかし、そのことを他の兄弟は詳しく知りませんでした。相続時、長女は法定相続分を主張しましたが、他の兄弟から、「生前に十分援助を受けていたのでは?」という不満が噴出しました。
ここで問題になるのが「特別受益」です。
特別受益とは、一部の相続人が生前に特別な利益を受けていた場合、その分を相続計算に反映する考え方です。ただし、何が特別受益に該当するのか、どこまで持ち戻すのかは、ケースによって判断が分かれることがあります。その結果、「あれは贈与だったのか」「援助だったのか」「親の意思はどうだったのか」で対立し、兄弟関係が悪化してしまうことがあります。
さらに、再婚家庭ではより複雑になるケースがあります。
再婚後、自宅には現在の妻が住み続けていました。しかし、夫が亡くなった後、前妻との子にも相続権が発生しました。現在の妻としては、「この家にそのまま住みたい」と考えていましたが、前妻の子からは、「自分たちにも相続分がある」という主張がありました。
結果として、自宅売却の話になり、大きなトラブルに発展しました。
再婚家庭では、感情的対立が非常に起きやすいため、遺言書の重要性が特に高くなります。
遺言書が必要なのはどんな人?
遺言書は、すべての人に絶対必要というわけではありません。しかし、特定のケースでは、その重要性が大きく高まります。
特に多いのが、子ども同士で揉める可能性があるケースです。相続で最も多いのは、実は兄弟姉妹間の対立です。親と同居していた子、介護を担っていた子、遠方に住んでいた子など、状況が異なると「不公平感」が生まれやすくなります。
特に、介護を長年続けていた方は、「自分はこれだけ支えてきた」という想いを持っていることが少なくありません。一方で、他の兄弟は、「それでも相続は平等では?」と考える場合があります。
こうした“気持ちのズレ”が大きな対立につながることがあります。また、不動産を持っている場合も注意が必要です。
不動産は、相続トラブルになりやすい代表的な財産です。現金であれば比較的分けやすいですが、不動産は簡単に分割できません。
実家、賃貸アパート、土地などがある場合、「誰が取得するのか」が問題になります。
安易に共有名義にすると、将来的に売却や管理が難しくなるケースもあります。
さらに、再婚している場合や前妻(前夫)の子がいる場合も、遺言書の重要性が高まります。
再婚家庭では、現在の配偶者と前妻(前夫)の子との間で利害が対立しやすく、相続関係が複雑化しやすくなります。
また、「子どもがいない夫婦」も注意が必要です。
「子どもがいないなら、配偶者が全部相続する」と思われがちですが、必ずしもそうではありません。子どもがいない場合、兄弟姉妹などが相続人になるケースがあります。
すると、配偶者と兄弟姉妹で遺産分割協議が必要になる場合があります。
配偶者を守るためにも、遺言書は非常に重要です。
遺言書には3つの種類がある
遺言書には主に、「自筆証書遺言」「公正証書遺言」「秘密証書遺言」の3種類があります。
それぞれ特徴が異なるため、状況に応じて選択することが重要です。
自筆証書遺言とは?実際の書き方・手順を具体的に解説
自筆証書遺言とは、自分自身で作成する遺言書です。
費用を抑えやすく、思い立ったタイミングで作成できる点が特徴です。ただし、法律上のルールを守らないと無効になる可能性があります。
まず、最初に行うのは、財産の整理です。預金、不動産、証券、保険、借入などを整理し、「どこに何があるのか」を把握する必要があります。
できれば、通帳一覧や証券会社一覧、不動産登記情報なども整理しておくと、後の手続きがスムーズになります。
次に、「誰に何を相続させたいか」を整理します。
たとえば、妻には自宅、長男には事業用資産、次男には預金というように、具体的に整理していきます。そのうえで、実際に遺言書を書いていきます。
自筆証書遺言では、基本的に遺言者本人が書く必要があります。なお、現在は財産目録についてはパソコン作成も認められています。ここで非常に重要なのが、「形式」です。
自筆証書遺言では、日付、署名、押印などが必要になります。
特に多い失敗が「日付」です。たとえば、「令和7年5月吉日」という書き方は、無効になる可能性があります。必ず、「令和7年5月22日」のように具体的に記載する必要があります。
また、「夫婦連名」で作成してしまうケースもありますが、遺言書は必ず一人で作成しなければなりません。
さらに、財産の記載が曖昧で、「どの土地なのかわからない」というケースもあります。
そのため、不動産であれば登記情報に沿って記載することが重要になります。
現在は、法務局で自筆証書遺言を保管できる制度もあります。
これを利用すると、紛失防止や改ざん防止につながり、家庭裁判所の検認も不要になります。
参照元:自筆証書遺言保管制度
公正証書遺言とは?実際の流れを解説
公正証書遺言は、公証役場で公証人が作成する方式です。
実務上、もっとも安全性が高いとされる方法です。まず、財産資料を整理し、誰に何を残したいかを整理します。その後、公証役場へ相談し、公証人と内容調整を行います。
最終的には、証人2名立会いのもと作成されます。
公正証書遺言の大きなメリットは、形式不備リスクが低いことです。また、原本が公証役場に保管されるため、紛失しにくく、改ざんリスクも低くなります。
さらに、家庭裁判所の検認が不要である点も大きな特徴です。
そのため、家族関係が複雑な場合や、揉める可能性がある場合には、公正証書遺言が選ばれるケースが多くなっています。
なお、証人には制限があります。推定相続人や受遺者、未成年者などは証人になることができません。そのため、司法書士や行政書士などが証人を務めるケースもあります。
秘密証書遺言とは?ほとんど利用されない理由
秘密証書遺言は、「内容を秘密にしたまま存在だけ証明する」という方式です。ただし、実務ではほとんど利用されていません。理由としては、形式が複雑であり、無効リスクがあり、公正証書遺言ほど安全ではないためです。
一般的には、手軽さ重視なら自筆証書遺言、安全性重視なら公正証書遺言が選ばれるケースが多くなっています。
遺言書を書くときに重要な「遺留分」とは?
遺言書を書く際、注意したいのが「遺留分」です。遺留分とは、一定の相続人に法律上保障されている最低限の取り分です。
たとえば、「全財産を長男へ相続させる」という内容を書いたとしても、他の相続人には遺留分を請求できる可能性があります。そのため、極端に偏った内容は、後の争いにつながることがあります。
遺言書を書くなら“付言事項”が非常に重要
相続トラブルでは、「金額」だけではなく、“感情”が非常に大きく影響します。
そのため、単に財産分けを書くのではなく、なぜその分け方にしたのか、家族への感謝、介護への想いなどを書く「付言事項」が重要になることがあります。
たとえば、「長男には長年介護を支えてくれた感謝として自宅を相続させます」「兄弟で争わず仲良く過ごしてほしいと思っています」といった言葉があることで、相続人の受け止め方が変わるケースもあります。
遺言書だけでは解決できない問題もある
遺言書は非常に重要ですが、それだけですべての問題を解決できるわけではありません。
たとえば、不動産中心の資産の場合、相続税の納税資金が不足するケースがあります。
また、「長男に不動産を相続させる」としても、他の相続人との公平感をどう取るかという問題があります。
そこで活用されることがあるのが生命保険です。
生命保険は受取人を指定できるため、納税資金準備や代償分割対策として活用されるケースがあります。たとえば、長男には不動産、次男には生命保険金という形でバランスを取る考え方もあります。
相続対策は、「遺言書だけ」ではなく、保険、資産整理、家族との話し合いなどを組み合わせて考えることが重要です。

認知症になると遺言書は作れない?
遺言書は、“判断能力”が必要になります。
そのため、認知症が進行すると、遺言書を作成できなくなる場合があります。実際、相続対策を考え始めた時には、「すでに判断能力が低下していた」というケースも少なくありません。
だからこそ、「まだ早い」ではなく、“元気な今だからこそ準備できる”という視点が非常に重要になります。
よくある質問:Q. 遺言書は自分で書いても大丈夫ですか?
自筆証書遺言であれば、ご自身で作成することは可能です。ただし、法律上の形式を守る必要があります。特に多い失敗としては、日付漏れ、署名漏れ、押印漏れ、財産の記載不足、訂正方法の誤りなどがあります。実際には、「書いたつもりだったが無効になってしまった」というケースもあります。そのため、家族関係が複雑な場合や、不動産が多い場合、事業承継が絡む場合などは、司法書士・弁護士・税理士などへ相談しながら進める方が安心です。
よくある質問:Q. 遺言書はいつ作るべきですか?
結論から言えば、“元気なうち”が非常に重要です。遺言書には判断能力が必要になるため、認知症などで意思能力が低下すると、作成できなくなる場合があります。
また、年齢を重ねるほど、財産状況が複雑になったり、相続人関係が変化したり、不動産や介護問題が出てくるケースも増えていきます。そのため、「まだ早い」ではなく、“元気だからこそ冷静に考えられる”という視点が大切です。
よくある質問:Q. 遺言書があれば絶対に揉めませんか?
残念ながら、遺言書があれば100%トラブルを防げるとは限りません。特に、遺留分や不公平感、感情的対立などがある場合には、争いになる可能性があります。
ただし、遺言内容によっては遺産分割協議を大幅に簡略化できるケースがあり多くのメリットがあります。
また、「付言事項」によって想いを伝えることで、相続人の受け止め方が変わるケースもあります。
よくある質問:Q. 公正証書遺言と自筆証書遺言はどちらが良いですか?
どちらが適しているかは、状況によって異なります。自筆証書遺言は、費用を抑えやすく、すぐ作成できるという特徴があります。一方、公正証書遺言は、形式不備リスクが低く、紛失しにくく、実務上安全性が高いという特徴があります。
そのため、財産が多い場合や、不動産が多い場合、再婚家庭や事業承継がある場合には、公正証書遺言が選ばれるケースが多くなっています。
よくある質問:Q. 遺言書があれば相続税対策になりますか?
遺言書そのものが直接的な節税になるとは限りません。ただし、誰が何を相続するか整理しやすくなり、配偶者控除などを活用しやすくなるため、相続対策全体には大きく関わります。
また、生命保険や不動産対策などと組み合わせることで、よりスムーズな相続設計につながるケースもあります。
まとめ|遺言書は“財産を残す”だけではなく“家族を守る”ための準備
遺言書というと、「資産家が作るもの」「まだ早いもの」というイメージを持たれることがあります。しかし、実際には、実家をどうするか、介護負担をどう考えるか、不動産を誰が引き継ぐか、再婚家庭をどう整理するかなど、“普通の家庭”だからこそ起きやすい問題が数多くあります。
そして相続は、お金だけではなく“感情”が大きく関わります。だからこそ、「誰に何を残したいのか」「なぜその分け方にしたのか」「家族にどう過ごしてほしいのか」を、元気なうちに整理しておくことが非常に重要なのです。
また、遺言書は単独で考えるものではなく、生命保険、資産整理、家族との話し合い、相続税対策などと組み合わせて考えることで、より実効性の高い相続対策につながります。
「まだ先の話」と思っていても、認知症や突然の病気などによって、準備できなくなるケースもあります。
“いつか”ではなく、“元気な今だからこそできる準備”
それが、遺言書の大きな意味とも言えるのではないでしょうか。
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